共同プレスリリース
戸谷 友則(天文学専攻 教授)
東京大学大学院理学系研究科の戸谷友則教授らによる研究グループは、「高速電波バースト(注1)」と呼ばれる謎の天体現象の統計的性質を精密に調べることで、地球の地震と性質がそっくりの「余震」が起きていることを明らかにしました。高速電波バーストは超高密度物質でできた中性子星(注2)で起きていると考えられていますが、その発生メカニズムが中性子星表面の固体地殻で発生している地震(星震)に関連していることを強く示唆する結果です。以前から理論的には、中性子星で地震のような現象が起きている可能性が議論されてきましたが、これほど類似した現象が実際に確認されたのは初めてのことです。今回の結果は高速電波バーストの起源解明に大きな手がかりとなるだけでなく、余震の性質を詳しく調べることで、中性子星の内部物質の情報を引き出し、原子核物理学などの基礎物理法則についても新たな知見を得る可能性を示すものです。
〈研究の背景〉今、天文学において最も謎に満ちた天体として注目されているのが「高速電波バースト(fast radio burst, FRB)」です。わずか数ミリ秒という短い時間で、電波で輝く突発天体です。2007年に最初の発見報告があり、本格的に研究が活発化したのは2013年以降で、まだまだ謎の多い天体です。銀河系の外、それも数十億光年という宇宙論的な遠距離からやってくると考えられていて、これまでに600個以上検出されています。そしてそのうちの50個ほどは、繰り返してバーストを起こす「リピーター」であることがわかっています(その他のものが、一度だけ爆発するのか、ずっと観測すればいつか爆発を繰り返すのかは、まだよくわかっていません)。いくつかの活発なFRB源からは、すでに数千回ものバーストが検出されています。
リピーターFRBを引き起こしている天体は中性子星と考えられています。太陽より8倍以上重い星がその一生の最期に重力で潰れて、超新星爆発(注3)を起こした後に残されるのが中性子星で、質量は太陽の1〜2倍程度ですが、その半径はわずかに10 km ほどで、1 cm3あたりの重量がなんと1兆kgという超高密度天体です(図1)。銀河系内に一千個以上見つかっている「パルサー」は、磁気をもって回転する中性子星が周期的なパルスを発するものです。
中性子星の中でも特に FRBと関連が深いと見られているのが「マグネター(注4)」です。普通のパルサーの100倍以上、100兆ガウス(100億テスラ)という強力な磁気を帯びた中性子星で、銀河系内に数十個見つかっており、時折、ガンマ線やX線でフレア(爆発的な増光)が観測されています。マグネターからFRBが検出された例もあります。しかし、マグネターがどのようにしてFRBを引き起こすのか、その発生メカニズムはほとんどわかっていません。
マグネターの持つ強い磁気エネルギーは徐々に中性子星内部から浮上してきて、それが中性子星表面を覆う固体地殻を歪め、そこに蓄積されたエネルギーがあるとき突然、地震(星震)によって解放されます。これがマグネターで起こる爆発現象だとする説が現在有力です。そのため、地球で起きる地震や、太陽表面で発生するフレア(太陽表面の磁気エネルギーが爆発的に解放される現象)との類似性がこれまで議論されてきました。
〈研究の内容〉今回、研究チームが着目したのは、一つの中性子星で発生している多数のFRBの発生時刻の統計的性質です。最も活動的な3つのFRB源から検出された7,000回に近いバーストの発生時刻とバーストのエネルギーの間に相関があるかを調べるため、二点相関関数と呼ばれる数学的な手法を初めてFRBに適用しました。その結果、一つのバーストが発生した直後は、関連した「余震」のバーストが起きやすくなっていることがわかりました。そして余震の起きやすさ(頻度)が、経過時間のべき乗(1/tp)で減衰することもわかりました(図2)。興味深いことに、余震の頻度がこのように変化することは、地球の地震ではよく知られています。これは大森房吉が1894年に提唱し、宇津徳治が1957年に数学的に拡張したもので、世界的に「大森法則」「大森・宇津法則」(注5)と呼ばれているものです。実際、研究チームが日本の地震データに今回の解析手法を適用すると、図2のように大変よく似ていることが確認されました。
類似点はそれだけではありません。あるバースト(または地震)の後、余震が起こる確率が10〜50%というのも、FRBと地震で共通していました。また、FRBや地震の活動性は変動しており、活動性の高い時期は多くのバーストや地震が起きます。しかしこの余震を起こす確率は、どちらの現象でも普遍的で、常に安定して同じ確率で起きていることもわかりました。さらには、あるバースト/地震とそれに続く余震の間には、エネルギーの相関は見られないことも共通しています。唯一異なるのは、大森法則のべき指数pの値だけ(FRBが2程度、地震は1程度)です。これだけの類似点が偶然の一致で生じたとは考えにくく、2つの現象の間に本質的な共通点があることを示唆します。一方で、太陽フレアに同じ解析を行ったところ、太陽フレアはFRBや地震とは全く異なるという結果が得られました。
過去の研究では、マグネターにおけるフレアと、地震や太陽フレアとの間には大まかな類似点(エネルギー分布がべき乗になるなど)があるという程度の議論しかなされていませんでした。今回の研究により、余震の性質について言えば、FRBと地震の間には驚くほど具体的な類似性が見られるのと同時に、太陽フレアとははっきり異なるということがわかりました。太陽フレアもマグネターも、どちらも磁気エネルギーで起こる現象と考えられますが、異なるのは、太陽表面は気体(流体)であるのに対し、中性子星表面や地球の地殻は固体であるということです。このことはFRB現象が、中性子星表面の固体地殻に蓄積されたエネルギーが地殻の破壊によって突発的に解放されるという、地震によく似たものであることを強く示唆しています。中性子星以外の様々な天文現象を見渡しても、ここまで具体的に地震との類似性を示すものは他にありません。謎の天体、FRBの起源を解明する上で、強力な手がかりとなります。
〈今後の展望〉リピーターFRBの観測データは今後も増え続けると期待されます。より多くのFRB源からのバーストデータを今回の手法で解析すれば、FRBの余震の性質の普遍性や、FRBの他の性質との関連を調べることができ、FRB現象の理解をさらに深められるでしょう。また、地震の余震の起きやすさの法則(大森法則)は、地球の地殻の物理的性質や破壊プロセスに関連していると考えられています。たとえば大森法則のp値の違いを理論モデルと比較検討することで、中性子星の固体地殻の物理的性質に関する情報を引き出せるかもしれません。中性子星の内部物質は、宇宙の中でも物質が最も高密度に凝縮しているところなので、原子核物理学など物理学の基礎理論の検証という観点でも重要です。今回の研究で、FRBを使って中性子星の内部物質を探るという新たな可能性が見えてきたと言えるでしょう。
雑誌名 | Monthly Notices of the Royal Astronomical Society |
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論文タイトル | Fast radio bursts trigger aftershocks resembling earthquakes, but not solar flares |
著者 | Tomonori Totani (*) and Yuya Tsuzuki |
DOI番号 | 10.1093/mnras/stad2532 |
注1 高速電波バースト(fast radio burst, FRB)
数ミリ秒程度の短い継続時間で、突然、電波で輝く突発天体。到着する電波の特徴から大まかな距離が推定でき、銀河系の外、それも宇宙論的遠距離(数十億光年)の遠方から来ていると考えられています。その正体はまだ謎に包まれていますが、繰り返して発生する種族は中性子星で起きていると考えられています。
注2 中性子星
超新星爆発の後、重力で潰れた元の星の鉄コアが超高密度のコンパクトな天体として残ったもの。質量は太陽の1〜2倍、半径は10 km ほどで、その内部密度は原子核の内部密度に匹敵します。そのような高密度では、電子は陽子と反応して中性子になるという性質があり、陽子がほとんどなく、中性子を主成分とするために中性子星と呼ばれます。
注3 超新星爆発
太陽より8倍以上重い恒星は、その進化の最期に中心部の鉄コアが重力で潰れ、中性子星かブラックホールとなります。その際に解放される巨大な重力エネルギーの一部が星の外層を吹き飛ばして、超新星爆発と呼ばれる巨大な爆発現象を起こします。
注4 マグネター
普通の中性子星は1兆ガウス程度の磁場を持ち、パルサーとして観測されています。しかし一部の中性子星は100兆ガウス以上の強磁場を持つことが知られ、マグネターと呼ばれます。その強大な磁気エネルギーが時々解放され、X線やガンマ線で突然明るくなる「フレア」と呼ばれる爆発現象を引き起こします。
注5 「大森法則」「大森・宇津法則」
ある大きな地震の後、多数の余震が発生します。その余震の発生頻度が時間tとともに 1/t の形で下がっていくことを大森房吉が1894年に発見しました。それを時間のべき乗、1/tp に拡張したのが宇津徳治です。元々は、一つの大きな地震の後に発生する多数の余震についてのものでしたが、その後の研究で、比較的静穏な状態でも、一つ一つの地震の後に、大森・宇津法則に従う余震が起きていることがわかっています。
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