教授 杉田精司 (理学系研究科 地球惑星科学専攻、ビッグバン宇宙国際研究センター)
助教 吉岡和夫 (理学系研究科 地球惑星科学専攻)
特任研究員 巽瑛理 (理学系研究科 地球惑星科学専攻)
修士1年生 田辺直也 (理学系研究科 地球惑星科学専攻)
修士1年生 沖津由尚 (理学系研究科 地球惑星科学専攻)
我々†は、世界初のC型小惑星の全球分光観測を目指して、小惑星探査機はやぶさ2に搭載された工学航法カメラ(ONC)の理学観測計画立案、校正観測、解析システム整備を行っている。探査機はやぶさ2は、2014年12月に種子島から打上げられたJAXAの小惑星探査機であり、2018年夏のC型小惑星リュウグウ到着を経て、表面試料を採取後に2020年冬の地球帰還を目指している。
小惑星を探査することは、単に1つの小惑星の起源や進化を知ることに留まらず、太陽系全体の形成のプロセスを知ることに繋がる。「はやぶさ2」探査には、大きく以下の2つの目的がある。
1.原始惑星系円盤から現在の小惑星に至る進化に伴う物質変遷を解明する鍵を手に入れること。
2.惑星形成の主役たる微小重力瓦礫天体の構造的な成り立ちと力学特性を解明すること。
これらの目的の達成には詳細なリモートセンシング観測(リモセン観測)が重要な役割を果たす。ただ、リモセン観測だけでは上記目的の達成は不可能であり、試料回収と地上での詳細分析が不可欠である。試料回収の分析結果の正確な解釈には試料の産出場所や産状の情報が必須である。この情報を得ることもリモセン観測の重要な役割である。
光学航法カメラ(ONC)は、多色フィルタを持つ望遠カメラ(T)および直下視(W1)と側方視(W2)のモノクロ広角カメラの3つからなり(図1)、 (i)形状・形態観察と(ii)分光観測の2つがある。
まず、(i)の形状・形態観測は、天体の平均密度(重力計測と組み合わせによる)、内部の密度不均質(慣性主軸と自転軸の一致・不一致度の観測から)、衝突や破壊・加熱履歴(表面粒子のサイズや形状の空間分布などから)、SCIと呼ばれる人工衝突体によるクレーター形成の観測など主に小惑星の力学的特性や履歴の解明に役立つ。また、全球形状観測や局所地形観測は、タッチダウンの安全性を確保するという工学的観点からも非常に重要である。ONCによる形状・形態観測の科学・工学目標は多岐にわたるが、実際に行う観測と解析は、小惑星の全球形状モデルや局所地形モデルを精密に作成することと、小惑星全体の回転運動を観測することに集約される。これらの観測・解析は、はやぶさ初号機で実施された観測(Fujiwara et al. 2006)と基本的に同様である。ただし、はやぶさ2が探査するC型小惑星リュウグウの構成物質の力学特性は初号機が探査したS型小惑星のイトカワとは大きく異なる可能性が高く、全く新しい科学成果が期待される。また、はやぶさ2計画では、探査小惑星のランデブー期間を初号機に比べて大幅に延長し、より詳細な形状・形態観測の実現を目指している。
他方の (ii)の分光観測は、主に物質科学的側面の解明が目的である。物質科学的な見地に立てば、イトカワ(S型小惑星)とリュウグウ(C型小惑星)では月と火星ほどに異なる。星の小ささから一括りに「小惑星」と総称されるが、物質科学的な観点に立てばS型小惑星とC型小惑星では月と火星ほど特徴が異なる。その物質科学的特徴の違いは、分光特性に大きく現れる。そのため、S型小惑星を狙った「はやぶさ」初号機とC型小惑星を目指す「はやぶさ2」では、分光観測の内容も必要精度も大きく異なる。特に、月と同様に紫外域と1µm近辺において強い吸収帯を持つS型小惑星と異なり、C型小惑星は紫外域から近赤外域にかけて特徴に乏しい平坦なスペクトル形状を持つ。その平坦なスペクトルの上に、紫外域や0.7µm近辺に弱い吸収帯(いずれも含水鉱物由来と推定される)が乗った状況になっており(Bus and Binzel, 2002)、この微弱な吸収帯の強度や形状から物質分布を調べることが必要である。この状況は、分光的特徴に乏しい無水酸化鉄ダストの中から含水鉱物を探す火星リモセン観測と非常に似ている。
加えて、はやぶさ2においては、W1、W2によるタッチダウン(TD)前後の非常に高い解像度(最高1 – 5 mm/pixel)での小惑星撮像も科学分析のために積極的に利用する。この観測は、モノクロ画像取得となるので主として形態観測の1つに位置づけられるが、表面構成粒子の形状や空隙率など物理状態の情報は物質科学的な観点からも非常に重要である。
さらに、ONCの科学観測を考えるに当たって重要なことは、探査プロジェクト全体における位置づけの豊富さである。観測目標によって該当する観測分解能および観測範囲が大きく異なるため、この観点は実際の運用を考えるに当たって非常に重要である。この系統ごとに異なる観測の必要条件は図2に示した。
ONCの科学観測に関するもう一つ重要な点は、他機器との連携の多様さと重要さである。ONCは単独機器として科学観測をするだけでなく、他機器からのデータに対して文脈情報を与えるデータを提供する役割が期待されている。この点については、機器のハードウエアーとしての性能に加え、同時観測の実施などの運用計画やデータ処理に関する適切な計画立案と実施が非常に重要である。
他機器との連携の概念図を図3に示す。ここで特に重要な点は、観測スケールの連続性である。Kmスケールの小惑星径から採取試料の地上分析で期待されるnmに至る9桁にわたる空間スケールのダイナミックレンジを切れ目なくカバーするには、W1, W2によるTD周辺域の詳細観測が、MASCOTやNINERVAの着地撮像観測と並んで重要である。
はやぶさ2探査機は2015年12月3日に地球スイングバイを行った。はやぶさ2の可視カメラは、この機会に地球と月を撮像した。得られた画像は、小惑星リュウグウに到着する前に撮像できる最後の面光源画像であるため、本カメラの性能評価をする上で非常に貴重な機上データとなる。打上げから地球スイングバイまでの撮像によって得た画像データによって、ONCの各カメラのCCDおよび光学系が正常な機能と性能を有していることが確認された。具体的には、暗電流値、バイアス値、各バンドでの感度、電磁ノイズレベル白キズなどの確認を行った。スイングバイ前後の地球・月撮像で得た画像データは、複雑な輝度分布を持つ面光源の撮像に耐える画質をONC-TやW2が持っていることを示した。
惑星探査機の開発と運用には何年もの期間が掛かる。「はやぶさ」、「はやぶさ2」と繋いできた日本の始原天体探査をさらに発展させていくためには、「はやぶさ2」のリュウグウ到着以前の段階から「はやぶさ2」の次の一手のための準備を開始しておく必要がある。その一手が、これまでの技術の単なる繰り返しでは大きな成功は期待できない。「はやぶさ」、「はやぶさ2」の経験から得られた経験を基にして、新しい跳躍を目指すべきである。この跳躍のために、UTOPSの超小型惑星探査機を用いた新規技術実証の機会が極めて重要な役割を果たす。超小型惑星探査機搭載用のカメラ開発に向けて、「はやぶさ2」ONCの運用と科学観測を通じて次世代撮像装置の開発に必要な知見を蓄積して行くことも仕事である。
†代表者の杉田は、ONCの理学観測の責任者を務めている。また、このONC理学観測チームは、東京大学に留まらず、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、会津大、明治大、産業技術総合研究所、JAXAなどの全国の大学、研究機関からの研究者から構成されている。
引用文献
Fujiwara, A., et al., 2006, Science, 312, 1330–1334.
Bus, S. and R. Binzel, 2002, Icarus, 158, 146-177.
Sugita, S. et al. 2013, LPSC, #3026.
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